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2013年度4月号
「園長の人間観とその実践」
園長 木村 仁
「ひとりの命について」
 
 ひとりの命は、男女の信頼から生まれます。夫婦が信頼でつながっているように、子も親の信頼で生きているのです。
 
 その命は、信頼され、信頼される喜びを五感で感じ、生きる喜びとなり自己肯定観の基礎となります。(ある精神分析医は、生後6ヶ月で自己肯定観の基礎ができると言っています。)
 
 私の乳幼児観察結果から、妊娠中から出産後の積み重ねで6ヶ月に至ると言いたいですね。乳児は6ヶ月までは、受け身のみの状態にあると言えます。その後は、手足を動かし自分で徐々に要求を満たしていくようです。
 
 その命は、妊娠中の母親の精神衛生が安定しているかいないかの程度で、生きる喜びと自己肯定観の違いが生まれると考えています。妊娠中の母親の精神衛生は、出産後も妊娠中の気持ちを継続してしまうようです。妊娠中毒や切迫流産で苦しんできた人は、出産後も、その命に対して心配してしまうのも当然なことなのです。男女とも、経験してみなければ理解できないことのひとつのようですね。命を育み生める体と心を持っている母親は、特別な機能を神様から与えられているのですね。園長が45年間母親と乳幼児を観察研究させていただけた感想です。母親が、「母なる大地・母なる大河・母港・女神」と言われてきた歴史の意味が徐々に分かるようになったのです。その母親にどのように寄り添うかが大きな課題ですね。
 
 園長自身は、多くの人々の「信頼」を受けて資金ゼロから41歳でスキー場の中に親子が通える幼稚園を創設しました。6年後に森の中にトモエを創ったのです。多くの人に信頼されその喜びがあるから、喜びを持ってトモエを日々創造できているのです。『信頼』は生きるエネルギーであり、命を支える存在と言えるのかもしれないですね。人間は、信頼する喜びと、信頼される喜びで生きているのですね。
 
 
「 園長の人間探求と実践 」
 
 ひとりの命が誕生する原則である男女の信頼から生まれた命が、生きることと死にいたるまで、最低限の人間探求を試みてトモエは実践しています。個の問題は、3世代前までさかのぼり、精神環境や人間関係など生活環境に至るまで、分析しながら考察します。
 
 胎児期、乳幼児期のあらゆる生活環境から影響を受けて個性や気質が生まれるのですから、人間研究の基礎は胎、乳幼児にあるのです。
 
 園長の人間研究実践は、「学校教育」ではないのです。学校教育の基礎となる「基礎的人間研究と実践」を60年続けてきたのです。
 
 現在の教育は、「輪切り教育」になっています。生涯責任を持てるものではないのです。責任を持たなければならないのが、人間教育なのです。
 
 保育所は、0歳から6歳まで。幼稚園は、3歳から6歳まで。小学校は、12歳まで。中学校は、15歳まで。高等学校は、18歳まで。大学は、22歳まで。社会人教育は・・。「自己肯定観がもてる、一貫した人間教育」が教育には必要不可欠なのではないでしょうか。
 
 あるジャーナリストは、こんなことを言っています。
 
 「学校教育を単なる職業教育に一変させてしまったなら、“学ぶことについての最大の真理”が見落とされる。つまり“学ぶ目的は人間の心を解き明かし、その心を概念的思考、分析的思考、連続的思考などの思考可能な器官に発展させていくことなのである」
『直感を科学する。その見えざるメカニズム』デビット・G・マイヤーズ著
麗澤大学出版会 岡本浩一訳
 
 フランスの分析医ジャン・マリー・デラシュー氏は、このような引用をしています。
 
 「1965年ごろ、当局の学校教育の方針は、“子どもを学校に順応させる”だった。
 
 つまり、子どもを動物のように見なして、いやおう無く順応させるという権威主義的な学校が大多数だったのだ。これに対してドルト女史は、“学校が子どもに順応すべきだ。なぜ同じカリキュラムで子どもを教育するのか。テキストで子どもに圧力をかけでばかりいるのはほんとうの教育とは言えない。”
 
 こうした発言の背後には、“9歳ないし11歳までの子どもは、自由を尊重して教育すれば自発的に自分の進む道を見つけ出すことができる”という研究成果に裏付けされた確固たる信念があったのである。
 
 (園長自身も、人間の基礎研究の結果、確固たる信念を持っている。“基礎”とは、胎乳幼児の観察研究を言う)
 
 “小学校は勉強を教えるのではなく、人間とは何かを教えればよい。子どもとは、生きることを選択した存在なのだ。だから、生きるために真実を知るべきだ”と女史は考えていたのだ」
『母子障害という“病気”・赤ちゃんの顔を見ない母親』光文社より
 
 
 自分を知ることが無い人間教育は、人間の教育と言えないのでは・・・。
 
 自己肯定観がもてないことは、苦悩しかないのでは・・・。
 
 自己肯定観は、自分を好きになり、人も好きになれる原則です。
 
 自己肯定観は、乳児期に大人から信頼されることを感じることが基礎となるのです。
 
 園長の近くにベビーサークルが2台あります。その意味は、乳幼児と母親に多く関わり基礎的な人間観察と考察をしたいからです。多くの乳児の目を見て会話することで発見したことがあります。乳児は、こちらの目を長くジーと見(観ている)ます。園長自身、60歳を過ぎてから発見しました。ジーとこちらの目を観るのは、「誠意の度合い」を感じる能力を持っているということで、その“人間の超能力”を発見したのです。園長が乳児と関わっている様子を観察してみてください。お分かりになられることでしょう。0歳1・2歳の乳児を育てているお母さんからも聞いてみてください。証言してくださるはずです。
 
 聖書には、乳児を神と等しい存在においています。「幼子を受け入れることは、私を受け入れたのと同じである」とキリストは言っているのです。園長はキリスト教会の牧師をしていましたが、宗教は卒業させていただきました。人類と社会の発展と平和の創造のために、具体的な歩みをすることを選択したのです。
 
 現代社会では、「人間の基礎研究である法則・原則」の研究実践がおろそかにされた結果、母親の機能(乳児と関わる重要性と安定した個性の育成等)と胎児・乳幼児が軽率に扱われてきたのです。ゆえに、夫婦・親子・家族が崩壊しつつあるのです。家族の崩壊は、若い家族を優しく育てる地域社会性(人生の豊かな経験者)が失われた“現象”といえるのです。自己肯定観の薄い大人たちに育てられた結果、自分を見失う人が増えて、苦悩しているのです。
 
 園長自身は、15歳から「自分(人間)とは何か。生きるとは何か。死の意味」を探求し続けて、現在に至っています。これからも、死の瞬間まで人間探求を続ける覚悟でいます。
 
 毎日自分と親しく向き合って生きる自分を欺く事ほど、悲劇はないですね。自分こそもっとも欺きやすい人間でもあることを、いつも自分に言い聞かせて生きている園長です。新しく変化成長する自分と向き合えることを楽しみに、人間の神秘と不思議を追い求める人間でありたいと意識して生きたいですね。『自分(人)の可能性を“信頼”する』人間を創造しましょうよ。
 
 「人間の神秘と不思議」を探求することで、新しい自分(人間)を発見できるのです。
 
 と言うことで。もっと人格が進化するために・・・
 
 
 「トモエ幼稚園を卒業します。創造家族幼稚園になります」
 
 2014年4月から創造家族幼稚園に改名します。
 
 [トモエ]と言う名は、1986年ビニールハウス幼稚園として始まった時につけた名前です。黒柳徹子さんが書いた「窓際のトットちゃん」で知られた「トモエ学園」の名前を頂いたのです。小林宗作校長は、トットちゃんの話を1時間、聞かれた方でした。子どもの意思を大切に育てようとしていた方です。
 
 園長は、トモエ学園以上の教育ができる人間になりたいと願い、自分にチャレンジするために付けました。5年ほど前からトモエ学園を超えられたという自信が生まれていました。名刺や封筒の住所の中にも(家族の)と書き加えるようになりました。
 
 乳幼児期の子どもに、大きな影響を与えているのは、母親にあることに気づいたのは、40年前の35歳でした。私は、その頃から母親を幼稚園の中に自由に入ってもらうことにしました。幼児理解を深めてもらう目的です。その後、乳幼児観察研究をすることで、乳幼児は、母親だけでなく夫婦の人間関係の中で生きていることを発見したのです。幼児は、両親がお互いに理解し合おうと努力している心配りを感じて生きていることを発見しました。徐々に家族が参加できるように環境を整えている自分がいました。
 
 札幌にて幼稚園を開設することになった41歳の時には、スキー場の中に家族参加幼稚園として創ったのです。もっと森の中に創りたいという思いから47歳の時にトモエを創ったのです。45年かけてやっとここまでたどり着き、子どもだけの幼稚園ではなく、「家族の幼稚園」として自信を持って前進したいという意思表現なのです。
 
 赤ちゃんからお年寄りまで、自分理解、人間理解のために家族が参加しているのが、現在のトモエなのです。
 
 夫婦となる意味。信頼から生まれる命の意味。親子になる意味。家族になる意味を意識して創造しなければならない時代です。文明がもたらした物欲などの欲求が強くなり、人間、自分を、見つめて生きることを忘れているような時代になってしまいました。
 
 ですから、園長自身が15歳から74歳まで探求してきた「命の神秘と不思議」「命の創造」についてより探求するために、「夫婦の創造とその責任・家族を創造する」生活環境を少しでも実践したいのです。新しい世界を創造するために「創造家族幼稚園」として、今後の人生を歩みたいのです。人間は、進化することを園長自身が実践してお見せします。
 
 みなさんも、新しく変わり続ける自分との出会を求めて歩みましょうよ。
 
 
園長が大切にしている言葉
 
Ⅰ 「何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない」
アルバート・アインシュタイン博士
 
Ⅱ 「子どもは、大人から敬意をはらわれている度合いに応じて自分の人格を意識し、自分の人間としての尊厳を自覚して自分自身を尊重するようになります。のちに大人になってからの道徳的態度全体に影響を与えることになります」
 「子どもの頃に遊ぶすべを心得ていた人は、大人になって働くすべをわきまえた人間になります。こういう人は、ものに集中する能力とか共同作業のこつ、アイディアを生み出す力など、子どもの頃遊びのために磨いていた才能を、大人になった現在、仕事に生かすことができるでしょう」
スイスの精神医学者ポール・トゥルニエ博士
 
Ⅲ 「人間の創造力とは、人間の“永遠の子どもらしさ”そのものです。それは、その人間が8歳であろうと80歳であろうと、まったく同じです。人間が子どもであることをやめた時に、この創造力もまた失うのです。人間における本来の人間らしさとは、この創造的なる能力にあると思います。」
 「ファンタジーとは、新しい概念を考え出すこと、すでにある概念を新しい関連に置きかえることに他ならないのですから。つまり創造力そのものです」
作家ミヒャエル・エンデ氏
『NHKアインシュタインロマン6・エンデの文明砂漠』(日本放送出版協会)より
 
Ⅳ 「妖精の力にたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの“センス・オブ・ワンダー”をいつも新鮮に保ち続けるためには、私たちが住んでいる世界の喜び、感激、神秘などを子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも一人、そばにいる必要があります」 「私は、子どもにとっても、どのようにして子どもを教育すべきか頭を悩ませている親にとっても、“知る”ことは“感じる”ことの半分も重要ではないと固く信じています」
レイチェル・カーソン博士『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)より
 
Ⅴ 「個々が自らの可能性を信じ、夢と希望を持って、
自らに期待をかけて生きることが、人生の目標ではないでしょうか」
木村 仁
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